主にプログラミングに関して。Python, .NET Framework(C#), JavaScript, その他いくらか。
記事にあるサンプルやコードは要検証。使用に際しては責任を負いかねます

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ものごとを長続きさせるコツと、ものごとでよい成績をだすコツ

                
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ものごとを長続きさせるコツと、ものごとでよい成績をだすコツ

プログラミングを本気でやろうとしたけどすぐに止めた、という話をボチボチ聞く。私のブログと同じ内容をMacでやっているブログも見つけたが、2ヶ月ほどで途絶えていた。両者とも学歴から察するに十分に賢かったから、ものごとを学ぶ素養は高かっただろう。「自分のスキルを広げるため」。プログラミングを学ぶ理由もそれなりだったように思う。なんで続かなかったのだろう。

人が勉強なり実務をこなしていると、理解することの難しさや、虚しさが不意にやってくる。これが壁になるように思う。

私は高専でC言語を習ったが、クラスの大半がまともにC言語を扱えるようにはならなかった。クラスの大半が、「変数をどういう型で使うか宣言する必要がある」ということを理解できなかった。最初の壁を越えられず脱落していた。私は、コンソールと呼ばれる、ディスプレイの中の真っ黒なウィンドウに文字を表示させられるのが楽しかった。それで出来合いのコードをいじっているうちに、C言語を書くのに必要なことが理解できた。

物理では特殊相対論が壁の一つだろう。少なくとも、当時、私の持っていた「時間」の概念をひっくり返してくれた。ところで友人に特殊相対論の話を持ち出しても、前提条件の部分でもうまともに話をできる人は少ない。特殊相対論という壁を越えられなかった人は多いのだ。特殊相対論を適用するとどれだけ時間がねじ曲がるのだろう。私はそんな興味から自分で紙に問題のようなものを書いて、解いて遊んでいた。おかげで特殊相対論がどんなものかはわかっている。

ものごとを理解できなかったためにそこで止めてしまうことはよくある。しかし理解できて進めることもよくあることだ。ものごとを理解できても、難しさとは別の壁がやってくることもある。

最初に述べた、プログラミングをやろうとしていた人たち。彼らは難しいから止めてしまったわけではないと思う。学歴が高いことから傾向的に、あくまで傾向的にしか言えないが、彼らは難しいことを考え理解することに関して人より秀でていると思う。難しさ以外にも継続の壁になるものがある。虚しさだ。

一人は文系の学生で、講義を履修しているわけでも自分で作りたいものがあるわけでもなく独習しようとしていた。ITブームの煽りだろう。一般に人は、達成するものがなければ虚しさにおそわれ、止めようとする方向への誘惑に振れやすくなる。目的が必要なのだろうか。

もう一人はそれなりの形になるものを書き上げた。しかしそこでストップしてしまった。作りたいものがあって、それを目的に始めたんだろう。そして完成して目的が満たされたが、次が出てこなかった。最初に持っていた意欲が次につながらず空回りして、虚しくなって自然と離れていってしまったんだろう。

達成する目的を持たなかった虚しさと、目的を達成したあとの虚しさ。ものごとを継続するには、目的と一緒に持っていたいものがある。その対象への興味や、やって楽しさを感じる心だ。

私は個人でプログラミングを初めて一年半経つ。仕事でもないのに結構続いていると思う。最初は自分で作りたいアプリがあって、リファレンスになりそうな本を買ってきて衝動的に作った。だけどそもそもプログラミングが楽しいものだと思っていた。だからアプリを作ったあとはすぐにライブラリをいじりまわしたり、インタープリタを叩いたり、Web APIを試したりと遊ぶようになった。遊びで得た知識を書いたアプリに反映させたり、そこから新しいアプリを作ったりもしてきた。目的達成直後の空白を、楽しさを求める心が埋めていたおかげで虚しさは感じず続いてきた。

人がなにかをやり始める理由として、真面目な義務感を前面に出して説明することをよく見かける。「人のため。社会のため」。だけど私は経験的に、そういう心では壁に当たったときに継続の可能性が危ういのではないかと思う。対象のものごとを楽しめる心。それが継続にもっとも必要なものだと思う。
"長期的な見通しやビジョンはあえて持たないようにしてる" - Linus Torvalds

良い成績。学業も仕事もこれを出すために頭を悩ますことがあった。これに関して後日また書きたい。

******
「ところでC言語や特殊相対論なんて何の役に立つの?理解しなくてもいいじゃん」、と言う人はボチボチいるだろう。そんなことを言っても世界のそこらで、特に先進国ではそれらを理解して私たちの生活を便利なものにしてくれている人はいる。C言語をこの世からなかったものにすれば、その瞬間、世界の多くのコンピューターが止まる。コンピューターとはパソコンだけではない。交通機関の運行管理、工場の生産ライン、コンビニやスーパーのレジなど身の回りの至るところにあるコンピューターが止まる。特殊相対論の成果をなかったことにすれば、日本ではよくて計画停電、悪ければ人が住めない土地になる。
            

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